栃木県弁護士会からのお知らせ

地方自治法の一部改正に反対し、国と地方との関係性が「対等、協力」であり続けることを求める会長声明

第1 声明の趣旨
 2024(令和6)年3月1日に閣議決定した地方自治法の一部を改正する法律案を廃案とし、国と地方との関係性が「対等、協力」であり続けることを求める。

第2 声明の理由
1 地方自治の本旨と地方分権一括法
 日本国憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定している。「地方自治の本旨」には、「団体自治」と「住民自治」の2つの要素がある。「団体自治」とは、国から独立した地方公共団体を認め、その地方公共団体の自らの権限と責任において地域の行政を処理するという原則である。「住民自治」とは、地方における行政を行う場合にその自治体の住民の意思と責任に基づいて行政を行うという原則である。このような地方自治の制度は、中央の統一権力の強大化をおさえ、権力を地方に分散させるものであるため、立憲主義の構造としても重要なものである。
 2000(平成12)年4月1日に施行された地方分権一括法に基づく現行地方自治法(以下「現行法」という。)は、総則で「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と定め(現行法1条の2第1項)、自治事務に対する国の指示権を「国民の生命、身体又は財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」に限定し、個別法に規定を設けた上で指示を許容するほかは認めていない(現行法245条の5第1項等)。国からの法定受託事務に認められる「是正の指示」も、法令違反等がある場合に限定している(現行法245条の7第1項)。国と地方の関係は、「上下、主従」から「対等、協力」となり、「機関委任事務制度」も廃止された。
 これは、日本国憲法92条で定める「地方自治の本旨」、とりわけ地方公共団体の国からの独立性を認めた「団体自治」に沿うものである。

2 2023(令和5)年12月21日の第33次地方制度調査会の答申に基づく地方自治法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)の問題点
 2024(令和6)年5月30日、衆議院本会議で可決した改正案では、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の特例」という章を新設した上で、大規模な災害や感染症のまん延など、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生した場合、個別の法律上の根拠なく、閣議決定により、法定受託事務のみならず自治事務についても、国が地方公共団体に対し、国民の生命等の保護を的確かつ迅速に実施するため講ずべき措置に関する必要な指示を行うことなどを定めている(改正案第14章・第252条の26の5)。
 しかし、法定受託事務及び自治事務ともに、個別法の根拠なく、一般法である地方自治法に基づき、曖昧な要件のもとで、閣議決定のみで国の指示権を認めることは、国と地方公共団体の関係を「対等、協力」から「上下、主従」に戻すものであり、地方自治の本旨や地方分権の趣旨を損ない、到底容認できない。

3 改正する立法事実がないこと
 改正案は、地方公共団体の団体自治の原則を実現するために法整備された国と地方との関係性を大きく後退させるものであり、確固たる立法事実がない限りは改正すべきではない。
 政府は、コロナ禍において、国がダイヤモンド・プリンセス号事案に対応した際、患者の広域的移送が感染法上想定されていなかったこと、また保健所設置市区の区域を超えて国が行った病床配分についても感染法上想定されていなかったことなどを立法事実としている。
 しかし、コロナ禍の事態に対する実証的な分析、検証は行われていない。「コロナ禍の下で感染症対策について国と地方公共団体との間で調整が難航するなどの課題が表面化した」とも述べているが、すでに、感染症法63条の2で厚生労働大臣が都道府県知事に対し、必要な指示を行うことができ、また、新型インフルエンザ等特別措置法74条によって法定受託事務とされているため、地方自治法245条の7により国に一定の範囲で指示権が認められている。
 したがって、すでに、国の地方公共団体に対する指示権が存在しているので、「コロナ禍の下で対応の調整が難航した」との課題は、地方自治法改正の理由にならない。
 感染症法、並びに、新型インフルエンザ対策特別措置法の運用上の課題である。
 また、自然(特定、非常、緊急)災害に対しては、災害対策基本法で、すでに、国の地方公共団体に対する指示権が規定されている。大規模な自然災害を理由として、国の地方公共団体に対する指示権を新設する必要性も見出し難い。

4 プライバシー侵害に対する懸念があること
 さらに、現行法における国の指示権の要件に比して、改正案の「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」や「発生するおそれがある場合」といった要件が、極めて漠然であり広汎である。個々の住民の経済状況や健康に関するセンシティブ情報も管理する自治事務に対し、国の指示権が恣意的に行使され、個人情報の開示を求められた場合は、住民のプライバシー権が侵害されるおそれもある。
5 最後に
 以上のとおり、改正案は、地方自治の本旨に反し、立法事実もなければ、人権侵害のおそれもある。
 その他にも、国と地方の関係が「対等、協力」でなくなると、国からの指示待ち状態となり、地方公共団体に関わる職員の能力が発揮されなくなるという懸念もある。地方で能力が発揮できないとなれば、地方で働くことに魅力がないことを意味し、都市部への人材流出も避けられず、地方の衰退を招くことになる。
 よって、地方分権、地域主権改革の推進、地方の活性化に逆行する改正案の成立を阻止し、国と地方との関係が「対等、協力」であり続けることを求める。

2024(令和6)年6月17日

栃木県弁護士会      
会 長  石 井 信 行