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特定商取引法及び特定商品預託法の書面交付義務の電子化に反対する意見書
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2021年(令和3年)3月25日
栃木県弁護士会
会長 澤田 雄二
政府は,令和3年3月5日,特定商取引に関する法律(以下,「特定商取引法」という。)の訪問販売等の取引類型(通信販売を除く)と特定商品の預託等取引契約に関する法律(以下,「商品預託法」という。)について,オンライン契約と対面契約とを区別することなく,契約書面や概要書面の交付義務について,消費者の「承諾」を得れば電子データの交付でもよいとする改正法案(以下,「改正法案」という。)を閣議決定した。この改正法案は,特定商取引法及び商品預託法において書面が担っている告知・警告機能等を大きく損ない,特定商取引法及び商品預託法がこれまで果たしてきた消費者保護機能を大きく損なう危険性を有するものであるため,次のとおり意見を述べる。
第1 意見の趣旨
1 特定商取引法が定める訪問販売,電話勧誘販売,訪問購入,連鎖販売取引,特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引の各取引形態の契約を締結する場合において,書面の交付義務の電子化を進めることに反対する。
2 商品預託法が定める預託等取引契約を締結する場合において,書面の交付義務の電子化を進めることに反対する。
第2 意見の理由
1 規制改革推進会議の議論と消費者庁の方針・改正法案の齟齬
内閣府規制改革推進会議成長戦略ワーキング・グループは,2020年11月9日の第3回会議において,オンライン英語コーチングサービスにおいて,書面の郵送交付の義務があるためオンラインで完結しないという事例を取り上げ,「オンライン契約の円滑な利用に支障が生じるルールの見直し」を要請した。
ところが,消費者庁は,2021年1月14日,内閣府消費者委員会本会議において,書面の電子化の対象を,オンライン契約と対面契約とを区別することなく,かつ,同会議で要請された特定継続的役務提供のみならず特定商取引法の他の取引類型(通信販売を除く)をも対象とし,さらに,商品預託法の特定商品預託等取引契約も含めて,一括して電子化を認める方針を打ち出した。
その後,多くの団体から,書面の電子化について反対する意見書や声明等が発出されたにもかかわらず,政府は十分な検討も行わないままに,冒頭に述べた改正法案を閣議決定した。
すなわち,政府は,規制改革推進会議の問題提起の範囲を大きく超えて,書面の電子化の必要性や,書面交付の消費者保護機能の観点からの問題点を十分に議論することもなく,拙速に法改正を行おうとしているものである。
2 特定商取引法の書面交付義務の消費者保護機能について
特定商取引法の書面交付義務は,消費者の意思決定の過程がゆがめられやすい取引類型について,事業者に課せられた義務である。すなわち,訪問販売等は,不意打ち的な勧誘により,即断を迫られ,消費者が契約内容を正確に認識しないまま不本意な契約を締結する恐れがある。連鎖販売取引や業務提供誘因販売取引等は,利益収受型勧誘により,もうけ話を強調されて不利な条件に気付かないまま契約する恐れがある。特定継続的役務提供(語学教室やエステティック等)は,実際に受けてみなければ顧客への適合性が判別しにくい。こうした契約類型について,契約締結の際に,販売業者から消費者に契約内容やクーリング・オフ制度について記載した書面を交付させ,消費者が契約内容を確認すると共に(確認機能),冷静になって考え直す機会を与えて契約締結の判断の適正さを確保する(警告機能)ための制度である。特に,特定商取引法上の各契約類型については,消費者にクーリング・オフができることを認識させるという重要な意味合いを持つ(告知機能)。
さらに,連鎖販売取引,業務提供誘因販売取引,特定継続的役務提供の3類型は,複雑な契約内容や利益誘因的な勧誘のため消費者が契約内容を誤認して契約するおそれが特に強いことから,勧誘段階の概要書面交付義務も加えて,消費者により慎重に考え直す機会を付与するものである。
また,大規模消費者被害を繰り返してきた商品等預託契約も,利益収受型取引であり,概要書面と契約書面の二段階の交付義務を定めている。
3 書面の電子化により消費者保護機能が損なわれること
現行法上,書面を対面で手渡されたり,郵送で送られたりする場合,消費者は書面を手にし,書面を読む契機が与えられる。また,現行法上,消費者が書面の内容を十分に確認できるよう,書面の内容を十分に読むべき旨を赤枠の中に赤字で記載しなければならず,8ポイント以上の大きさの文字を用いなければならない(特商法施行規則5条3項)。さらに,クーリング・オフに関する事項は,赤字で赤枠の中に記載しなければならない(同法6条6項)。
しかし,事業者が電子データで契約条項を提供する場合,そもそも電子データを確認しない消費者もいると考えられる。高齢者等の場合には,電子データを開くことができないことも考えられる。
また,多くの消費者は,スマートフォンで電子データを受領すると思われるが,スマートフォンの小さな画面では契約条項を一覧して読み取ることはできず,契約内容を隅々まで確認することは困難であり,クーリング・オフに関する事項も目にしない恐れがある。これでは,消費者に,事業者から説明されていない不利な契約条件の存在や,予備知識のないクーリング・オフ制度を気付かせる機能を果たすことはできない。
また,連鎖販売取引等における勧誘段階での概要書面交付義務は,概要書面を交付して,それを見ながら契約内容を説明することを期待しているものである。しかし,書面の電子化が認められれば,勧誘の途中で電子データが送信されることになるが,消費者が勧誘の途中でその内容を確認するとは考えられず,概要書面の警告機能・告知機能が果たされない。
さらに,高齢者等の場合,家族や介護者その他の周囲の者が,契約書面等を発見して消費者被害が判明する場合も少ないが,電子データの提供になれば,消費者被害を発見することも困難になる。
政府は,「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律案の概要」において,書面の電子化について,「消費者利益の擁護増進のための規定の整備」として位置付けているが,むしろ,消費者保護機能を大きく損なうものであり,「消費者の脆弱性につけ込む悪質商法に対する抜本的な対策強化」という法改正の目的にも反するものである。
したがって,書面の拙速な電子化は,認められるべきではない。
仮にデジタル化の推進のために書面の電子化を検討するとしても,検討対象をオンライン完結型取引(オンラインにより広告・勧誘・契約締結・履行が完結する契約類型)に絞った上で,書面交付によって消費者が冷静になって考え直す機会を与えるための具体的な補完措置を検討することが必要不可欠である。例えば,クーリング・オフ制度の説明義務の導入や,概要書面を交付した上での重要事項の説明義務の導入,オンライン契約の申込み画面における重要事項の告知・確認の手続きなどが考えられる。また,電磁的方法により提供したと認められる場合についても,消費者の手元に書面が確実に残り,後で内容を容易かつ十分に確認できる場合に限定することが不可欠である。
4 対面型取引での書面の電子化の問題点
改正法案は,対面型取引とオンライン契約とを区別することなく,書面の電子化を認めるものである。
しかし,訪問販売など対面型の勧誘により契約を締結する場合,特定商取引法は,申し込みを受けた場合は「直ちに」書面を交付する義務を定めているため(特定商取引法4条),その場で紙の契約書面を交付することになる。よって,取引の円滑性や迅速性のために書面の電子化を図る必要性はない。
また,連鎖販売取引,業務提供誘因販売取引,特定継続的役務提供及び預託等取引契約は,訪問販売や店舗販売等の対面型での勧誘が行われ,その場で契約を締結する場合も多い。そのような場合には,やはり取引の円滑性や迅速性のために書面の電子化を図る必要性はない。
仮に書面の電子化が認められれば,消費者が契約の場において,一覧できる書面により契約内容を確認し,冷静に考え直す機会が妨げられることになる。
改正法案は,対面型取引とオンライン契約とを区別することなく書面の電子化を認める不合理性が多くの団体から指摘されているにもかかわらず,適用対象について何ら限定を加えていないものである。
5 消費者の承諾によって消費者保護は図れないこと
改正法案は,消費者の承諾を,書面の電子化の要件としているものである。
しかし,そもそも特定商取引法上の取引類型は,不意打ち的な勧誘や利益誘導により消費者の意思決定過程がゆがめられやすい取引形態であるから,消費者が正常に「承諾」するか否かの判断をすることは期待できない。契約について十分な知識がない消費者が,事業者の説得により,承諾によってどのような不利益が生じるのかを理解しないままに承諾してしまうことは,容易に想定できるところである。
よって,消費者の承諾を要件としても,消費者保護の趣旨を十分に確保することはできない。
また,改正法案は,消費者の承諾の取り方等について,何ら限定することなく政令に白紙委任するものであり,承諾が安易に認められることとなりかねず,不当である。
6 まとめ
以上のとおり,書面の電子化は,概要書面や契約書面の交付による消費者保護機能に重大な影響を与えるため,改正法案における拙速かつ広範な書面電子化については,強く反対する。
以上