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今市事件判決を受け、刑事訴訟法改正に反対する会長声明
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法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会の答申を受け、裁判員裁判対象事件及び検察官独自捜査事件(以下あわせて「対象事件」という。)について、身柄拘束を受けた被疑者に対する、検察官及び警察官の取り調べの全過程の録音・録画を義務化する刑事訴訟法改正法案(以下「改正法案」という。)が、昨年8月7日に衆議院を通過し、現在参議院法務委員会で審議中である。
しかしながら、改正法案が導入する取り調べの全過程可視化は、わずか3パーセント程度の対象事件に限定されている点で、全く不十分である。また、対象事件であったとしても、全過程可視化には多くの例外規定が設けられているし、改正法案は参考人の取り調べについて、全過程可視化の義務化を導入していない。近時、それ以外にも次の問題が浮上している。
参議院の審議に入る直前の4月8日、宇都宮地方裁判所において、旧今市市で発生した小学生殺害事件(以下「今市事件」という。)につき、殺人を全面的に争っていた被告人に対し、無期懲役判決が下された(以下「今市事件判決」という。)。今市事件は客観的証拠が乏しかったことから、被告人の自白の任意性、信用性が大きく争われたところ、有罪の決め手とされたのが、被告人の自白を録音録画した映像であった。今市事件は、商標法違反での逮捕勾留を経て起訴された後、100日以上後に、殺人罪で逮捕勾留、起訴という経過をたどった。そして、商標法違反での起訴直後から、殺人罪の取り調べは開始されたものの、取り調べの全過程の録音・録画が開始されたのは、殺人罪での逮捕後からであった。したがって、商標法違反による起訴から殺人罪の逮捕まで、長期間にわたり本件である殺人罪の取り調べが行われたにもかかわらず、その期間の取り調べの録音・録画は一部しか存在しない。ところが、今市事件判決は、全過程可視化がなされていない中での被告人の自白を録音・録画した映像により、自白の任意性を認め、有罪判決のよりどころとした。このように、今市事件判決は、対象事件ですら、全面的な取り調べの可視化が保証されていないことを露呈した。
参議院法務委員会の4月14日の政府側答弁においても、別件起訴後の対象事件の取り調べや任意同行時における取り調べは、録音・録画義務の対象とはなっていない旨、明確な答弁がなされている。
ところで、最高検察庁は昨年2月12日、依命通知を発し、取り調べの録音・録画媒体を実質証拠(供述調書の供述が任意になされたかを判断するための証拠にとどまらず、犯罪事実を認定するための証拠)として積極的に利用する方針を打ち出している。このような検察庁の方針に加え、部分録音・録画であるにもかかわらず、実質証拠として録音録画媒体を証拠採用するような実務の運用が定着すれば、裁判所が事実認定を誤る危険性を否定できない。
もとより、全面録音・録画ではなく、部分録音・録画しか行われないのであれば、録音録画をされていない取り調べについての影響を事後的に検証することができず、自白の任意性についての判断を誤る危険性がある点は再三指摘をされてきた。
以上、今般の改正法案の録音・録画の義務化は不十分であるうえ、さらなる冤罪を招く危険性を否定できないものである。そして、改正法案が目指している通信傍受制度の大幅拡大・拡充は、人権侵害や捜査機関による濫用の危険性をはらんでいるし、司法取引制度は、供述者が第三者を巻き込むことによる冤罪を招致しかねない法制度である。このように改正法案は、捜査機関の権限拡大ばかりが重視され、その弊害が大きいといえるから、当会としては賛同することはできない。直ちに廃案とすべきである。
2016年(平成28年)5月12日
栃木県弁護士会
会長 室 井 淳 男