栃木県弁護士会からのお知らせ

災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明

 報道によれば、自由民主党は、日本国憲法に緊急事態条項すなわち「国家緊急権」を創設する改憲の国会発議を行う方針を固め、他の複数の政党もこれに同調する動きをみせている。
 国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、憲法秩序を一時停止して非常措置を執る権限をいう。自由民主党の憲法改正草案には、98条99条において、緊急事態宣言という名称で国家緊急権が明記されている。
 しかし、国家緊急権は、人権保障の停止及び権力分立の停止をもたらすものであり、基本的人権の尊重及び権力分立を旨とする立憲体制を破壊するものである。このような国家緊急権が濫用される危険性が高いことは過去の歴史からも明らかであるため、日本国憲法では国家緊急権に関する規定は設けず、非常事態への対処については、厳重な要件を課したうえで、法律により整備することにしている。
 災害対策についてみれば、現行法制の下で、以下の対応が可能である。
 まず、内閣総理大臣は、非常災害が発生した際、災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条)、生活必需物資等の授受の制限、価格統制及び債務支払の延期等を決定できる(同法109条1項)ほか、必要に応じて地方公共団体等に必要な指示ができるなど(大規模地震対策特別措置法13条1項)、内閣総理大臣への権限集中を定めた規定が既に存在する。
 また、防衛大臣が、災害に際して部隊を派遣できる規定もある(自衛隊法83条)。
 さらに、都道府県知事の強制権(災害救助法7〜10条等)、市町村長の強制権(災害対策基本法59条、60条、63〜65条等)など、地方自治体においても、私人の権利を一定範囲で制限する規定も設けられている。
 以上からすれば、あえて立憲主義を破壊する国家緊急権を新たに創設しなくとも、既に制定されている法律を正しく適用することで、災害に対応することは可能である。
 当会は、東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故による被災者支援活動を行ってきたが、その活動を通して得た教訓は、災害対策に必要なことは、国家緊急権の創設ではなく事前の準備、すなわち事前の計画策定、訓練、法制度への理解等であるということである。自由民主党は、東日本大震災における政府の初動対応の不備を国家緊急権の創設の根拠としてあげるが、これは既存の法制度の不備によるものではなく、災害対策に関する事前の準備を怠り、既存の法制を十分に活用できなかったところに最大の原因がある。
 以上のとおり、事前の準備を怠らず、かつ既存の法制を活用及び拡充することで十分に災害に対応することは可能であり、立憲主義を破壊し、国民の人権を不当に制約する危険を孕む国家緊急権を災害対策として憲法に創設するべきではない。
 よって、当会は災害対策を理由とする国家緊急権創設のための憲法改正に強く反対する。
以 上

2015年(平成27年)7月23日
栃木県弁護士会 
会長 若 狭 昌 稔