栃木県弁護士会からのお知らせ

法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会の審議に関する総会決議

決議の趣旨
当会は,法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会(以下,特別部会という)の審議において,例外なき取調べの全事件・全過程の録音・録画制度を導入すること,犯罪通信傍受法の対象犯罪拡張・手続簡略化といった捜査手法の導入を断念すること,対象事件を限定しない全面的証拠開示制度を実現すること,という内容の答申がなされることを強く求める。
決議の理由
第1 特別部会設置の目的
 特別部会は,郵便不正(村木)事件,足利事件,布川事件,氷見事件,志布志事件,東電OL事件等々,多数の冤罪事件が発生している「近年の刑事手続をめぐる諸事情」(法務大臣諮問92号)に鑑み,冤罪防止目的の達成を図り,捜査構造を抜本的に改革し時代に即した新たな刑事司法制度を構築するために設置された。
 ところで,近年の刑事手続をめぐる諸事情とは,任意の名の下における強制的な取調べ・当該取調べ下における自白の強要・捜査機関による証拠の捏造等々が行われた上記の各事件が明らかとなったことによって,刑事司法手続に対する批判や不信感が高まった結果,警察・検察の捜査に対する痛烈な批判がなされたことを意味する。
 このため,特別部会においてなされるべき答申は,冤罪防止という目的を達成し,刑事司法手続に対する国民の信頼を確保するに値する抜本的捜査構造の改革を実現するものでなくてはならない。
 しかし,特別部会において今回提出された事務当局試案は,取調べ依存型捜査を存続させ,さらに捜査機関に新たな証拠獲得の権限を与えようとするものであって,「人質司法」「調書裁判」と言われる刑事司法制度を抜本的に改革するものではない。
 事務当局試案の項目は多岐に及ぶところ,とりわけ大きな問題のある以下の制度案について指摘する。

第2 取調べの録音・録画制度について
 まず,事務当局試案の提案する身柄を拘束された被疑者の取調べに関して録音・録画を義務づける制度は,警察官の暴行脅迫を用いた取調べの最前線といえる指定暴力団の構成員にかかる犯罪を対象から除外し,捜査官の判断に委ねられる広汎な例外規定を設けるだけでなく,取調べの可視化の対象となる事件について,裁判員裁判対象事件に限定するA案と,検察官取調べについて身柄の全事件とするB案を併記するものである。
 しかし,各案は,いずれも録音・録画を義務づける取調べの対象事件と範囲をきわめて限定的なものにするものとし,以下の様な問題のある制度であるため妥当でない。
 まず,A案の対象となる裁判員裁判対象事件は,公訴提起される全事件の2パーセントに満たない数であるため,当該制度を実現するだけでは大多数の事件が対象外となってしまい,取調べに関する抜本的な解決につながらない。
 また,違法・不適正な密室における取調べによる自白の誘導・強要が行われ特別部会を設置する契機となった村木氏の郵便不正事件も対象外となる以上,取調べの可視化を実現し冤罪防止を図る目的を達成できるものでないことも明らかである。
 以上の問題点に鑑みるならば,A案は妥当でないことが明らかと言わざるを得ない。
 また,志布志事件において問題となった自白強要の主たる舞台である警察の取調べに関する可視化を放置したままでは,およそ冤罪防止の目的を達成できない以上,検察官取調べについてのみ身柄の全事件について可視化を実現するB案も容認できるものではない。
 そもそも,被疑者は,憲法38条1項により黙秘権を有しており,取調べ受忍義務を負っていないため本来であれば取調べの際に認められるべき弁護人立会権の実現されない現状においては,虚偽自白を排除し冤罪発生を防止するためにも,全事件,全過程の録音・録画を行うべきである。
 よって,〆枷衆裁判対象事件に限定せず全事件についての警察・検察の取調べの録音・録画義務を定めた上,⊇猗の整っている検察官の取調べを先行実施し,警察の取調べにつき全所轄署への録音・録画設備導入の準備を要する点を考慮し実施期限を法施行後3年以内と定め,取調べの全面可視化を段階的に実現するべきである。
 近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑みるならば,時代に即した新たな刑事司法制度を構築するにふさわしい例外のない取調べの録音・録画制度を導入が被告人の権利保護,国民の刑事司法に対する信頼を確保する上で必要不可欠である以上,事務当局試案は,妥当でないと言わざるを得ない。

第3 通信傍受について
 次に,事務当局試案は,従来,薬物やけん銃等の密輸関連犯罪・組織犯罪対策法の組織的殺人等,主に暴力団が関与する犯罪類型に限定していた通信傍受の対象とする犯罪の範囲を,窃盗,詐欺,恐喝,強盗,殺人,逮捕・監禁,略取・誘拐等,一般市民の関与可能性がある広汎な犯罪類型まで拡大する制度を示している。
 また,事務当局試案は,捜査機関による恣意的傍受の防止を目的として通信傍受時における通信事業者の立会いを要件とする現行規定を緩和し,捜査機関が通信事業者の立会いなくして通信を傍受することを可能にしている。
 しかし,そもそも現行の通信傍受法は、捜索・差押えにあたり場所及び対象物の特定を要求する令状主義(憲法35条)や適正手続の保障(憲法 31条)をはじめとする憲法上の要請を満たすことの困難な捜査手法であり,プライバシー権の侵害等の人権を侵害する危険性を有している。
 現行の通信傍受法は、可能な限り人権侵害を防止するため,重大な犯罪に傍受対象を限定するだけでなく、通信事業者の立会いなど厳格な手続的要件を設けたのであるが,事務当局試案は,当該立法趣旨を捨象し,通信傍受法の対象とする犯罪を拡大するだけでなく,人権侵害防止の手段たる手続要件を緩和しており不当である。
 つまり,事務当局試案は,憲法違反となる可能性を更に高くする制度であり,当該内容の不当性は明らかである以上,新たな通信傍受法に関する制度は,導入されるべきでない。

第4 証拠開示制度
 事務当局試案は,証拠開示につき,現行の公判前整理手続における証拠開示制度の枠組みを前提としつつ,類型証拠開示の対象を拡大する制度として,検察官の保管する証拠標目等を記載した一覧表を交付する仕組みを提示している。
 しかし,当該制度では,およそ全面証拠開示制度を実現することが困難である。
 そもそも,証拠開示は,真相解明に不可欠な被告人の権利の核心をなすものである以上,対象事件を限定しない全面的な証拠開示が実現されるべきである。
 このため,証拠開示制度については,公判前整理手続または期日間整理手続に付された事件のみに限定する理由はない。
 証拠開示の対象を限定する事務当局試案の制度は,被告人の防御権の観点において不当なものである。
 また,捜査機関の手持ち証拠を的確に把握することは,被告人の防御権を確保し適切な弁護活動を行うために必要であることは言うまでもない。
 しかし,事務当局案において提示された一覧表の記載事項では,文書の要旨が記載されないため,証拠の内容を識別することができない。
 つまり,検察官の保管する証拠標目等を記載した一覧表を交付する仕組みでは,捜査機関の手持ち証拠を的確に把握できず,被告人の権利を十分に確保することができるものではない。
 以上の様な問題点に鑑みるならば,証拠開示制度の対象事件を限定せず,検察官の保管する証拠の要旨(証拠の内容を識別できる程度の事項)を記載した一覧表を弁護人に交付する全面的証拠開示制度を作るべきである。

第5 結論
 近時,静岡地方裁判所において再審開始の決定された袴田事件では,これまで検察官が開示に応じなかった袴田氏の無実を示す極めて重要な証拠が多数開示された結果再審開始決定に至ったのであるが,第一審の裁判で弁護人に全面的な証拠開示がなされていれば,袴田氏を47年も死刑の恐怖にさらすことはなかったことは明らかである。
 また,同事件においては,警察及び検察の取調べにおいて虚偽自白が強要された事実も明らかになっているが,この点も,取調べの全面的可視化が実現されていたならば,防止できたに相違ない。
 以上の点から,当会は,冤罪を防止し,被告人の権利保護を図り,もって国民の刑事司法に対する信頼を確保するためにも,特別部会の審議において,例外なき取調べの全事件・全過程の録音・録画制度の導入,犯罪通信傍受法の対象犯罪拡張・手続簡略化といった捜査手法の導入を断念すること,対象事件を限定しない全面的証拠開示制度の実現すること,という内容の答申がなされることを強く求める次第である。


以上のとおり,決議する。
2014年(平成26年)5月24日
栃木県弁護士会総会