栃木県弁護士会からのお知らせ

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見書

2013年(平成25年)9月17日

栃 木 県 弁 護 士 会
会長  橋本賢二郎

 2013年(平成25年)9月3日付けで内閣官房内閣情報調査室が取りまとめた「特定秘密の保護に関する法律案の概要」(以下,「法律案の概要」という。)に対して,当会は,以下のとおり意見を述べる。

1 行政機関による特定秘密の指定等について
 法律案の概要第2の第1項(1)アは,別表に該当する事項であって特に秘匿することが必要であるものを,行政機関の長が特定秘密として指定するとしている。「特に秘匿することが必要であるもの」であることを要件として限定を施しているような体裁であるが,「特に秘匿することが必要である」という表現も抽象的である上に,別表第1号は自衛隊法別表第4に相当して防衛省の所掌事務をすべて網羅するような挙示となっていて,列挙による限定はないに等しく,「特定秘密」概念は広範に過ぎる。また,別表は第1号ロ,第2号ハ,第3号ロ及び第4号ロのいずれにおいても,「その他の重要な情報」という不明確な文言を用いている。このように,「特定秘密」概念は,広範に過ぎる上に不明確である。
 また,特定秘密を指定することが行政機関の長の専権とされていて,指定された特定秘密が実質的に「特に秘匿することが必要であるもの」かどうか検証する仕組みがない。これでは,行政機関による恣意的運用を防ぐことができず,特に秘匿することが必要でない情報まで主権者たる国民に知らされない結果となり,国民の知る権利を侵害する危険が大きい。

2 適性評価の実施について
 法律案の概要第2の第1項(1)エは,特定秘密の取扱いの業務を行うことができる者は,適性評価により特定秘密を漏らすおそれがないと認められた行政機関の職員等に限るものとし,適性評価は,同項(3)アに掲げる事項について,行政機関職員等の同意を得て行うものとしている。
(1) 調査する事項について
 調査する事項は,らГ泙嚢範囲にわたっている上,精神疾患に関する事項(ァ砲篆用状態その他の経済的な状況に関する事項(А砲覆謬“にわたる事項まで含まれていて,その調査によりプライバシーが侵害されるおそれも強い。
 また,調査事項のうち,「我が国及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」という文言は抽象的であり,その抽象性ゆえに行政機関の長又は警察本部長の恣意的判断によって,個人の政治活動や組合活動,更には思想・信条にまで踏み込んだ調査がなされる危険性も否定できない。例えば,情報公開請求や住民訴訟,公益通報(内部告発)などによって警察や検察庁,外務省などの裏金を調査する活動や,原子力発電所事故による放射線被曝の実態を解明しようとする活動も,当該行政機関にとってはいたずらに疑心や不安をかき立てる行為として「我が国及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」と評価されるおそれもあるからである。
(2)同意について
 行政機関職員等の同意が「同意」という語義に値する,すなわち真に自由意思によるものと認められるためには,同意の対象となるプライバシー情報の範囲が明確に特定されている必要がある。ところが,調査事項は前述のとおり広範に及び,しかも,「我が国及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」という抽象的な事項が含まれており,行政機関職員等にとって自己に関する情報のどの範囲までが調査されるのか不明確である。
 また,行政機関職員等は,上長から同意を求められたときに,真に自由な意思で同意・不同意を決断することは組織の性質上至難である。そもそも秘密情報に関与することは組織の中枢に関わることとなって職級の向上になるのであるから,行政機関職員等が上長から同意を求められたときに不同意を選択することはおよそ至難の極みであろう。
 さらに,プライバシー情報の収集について同意を得るには,収集方法も明確にされる必要がある。ところが,法律案の概要第2の第1項(3)イにいう「行政機関職員等の関係者に質問」することとしてどのようなことが想定されているのか不明であり,他の職員等からの密告を奨励するおそれすらある。これでは,行政機関職員等は自己の情報がどのような方法で収集されるのか十分に把握できないまま白紙委任に近い状態で同意を求められることになりかねない。
 なお,法律案の概要第2第1項(3)ア,蝋埓機関職員等の家族及び同居人の人定事項まで調査事項に含むとしているが,同意の主体は行政機関職員等しか想定されておらず,その家族や同居人は自己の知らないうちにその人定情報を行政機関に収集されることになってしまう。
 したがって,行政機関職員等の同意は,真にプライバシー保護に配慮したものとは認められず,調査を正当化する事由にはなり得ない。

3 罰則について
(1) 過失犯の処罰について
 法律案の概要第2の第2項(1)は,過失による漏えいも処罰するものとしている。しかし,第1項で述べたとおり,「特定秘密」の外延は過度に広範でかつ不明確であるから,国民には,どのような情報が特定秘密に当たり,どの情報の漏えいを避けるべき注意義務を負っているのかを判断することができない。
 したがって,過失による漏えいを処罰することは,処罰範囲の外延を不明確にし,罪刑法定主義に反する。
(2) 管理を害する行為による特定秘密の取得行為の処罰について
 同項(2)は,欺く行為や暴行を例示して特定秘密の保有者の管理を害する行為による特定秘密の取得行為を処罰するものとしている。しかし,欺く行為や暴行を例として挙げても「特定秘密の保有者の管理を害する行為」の内容は明確となっていない。この点も,罪刑法定主義に反する。
 また,このような不明確な概念で取得行為を処罰することは,報道機関の取材活動を萎縮させ,ひいては国民の知る権利を侵害することになる。
(3) 未遂,共謀,教唆又は煽動の処罰について
ア 未遂の処罰について
 刑法第44条は「未遂を処罰する場合は,各本条で定める。」として,未遂の処罰を例外として位置づけている。それは,重大な法益について侵害発生の危険性が高いがゆえに未遂処罰を行うべき必要がある場合があるとしても,これを行うに際しては,結果発生を待たずに処罰することによって生ずる不利益(処罰範囲のあいまい化や刑法の内心への介入)を上回る未遂処罰の利益が認められる場合に限るという趣旨である。この点,特定秘密の外延は過度に広範であるため,そのすべてが侵害によって国益が揺るがされるほど重大な国家秘密というべきものか疑問であり,実行に着手されさえすれば結果発生に至らない段階でも処罰の必要があるか疑問である。
 また,特定秘密の外延が過度に広範でかつ不明確であるということは,何が処罰の対象であって,何が実行行為に当たるかということが不明であることを意味する。未遂処罰は,罪刑法定主義に反する。
イ 共謀,教唆又は煽動の処罰について
 共謀,教唆又は煽動を処罰するというのは,実行行為が未だ存在しない早期の段階で処罰を行おうとするものである。
日本の刑法上は「共謀罪(conspiracy)」は存在していない。それは,犯罪実行の着手前に放棄された犯罪の意図は原則として犯罪とはみなさないという近代刑法の原則に基づくものである。法律案の概要において共謀を処罰するというのは,刑法の基本原則である行為責任主義に反する。
 被教唆者の実行行為がなくても教唆だけで処罰する(独立教唆)というのは,特定秘密の概念自体が不明確であることとも相まって,その行為の成立時点が極めて不明確となる。そもそも被教唆者による実行行為どころか犯罪に向けた決意すらなく,機密保持という観点から何らの実害も生じていない段階において,処罰することに相当性が認められるか極めて疑問である。
 煽動については,同じ語を使用している破壊活動防止法第4条第2項において,概念の限定を意図して目的要件が付加されたほか,方法についても明示がなされ,その解釈に当たっては,「せん動」の対象たる行為を目的・場所・態様において具体的に明らかにしなければならず,かつ特定の行為を実行させる目的がせん動者の自由かつ真摯なものでなければならないほか,特定の行為が実行される危険性も必要と理解されている(『注釈特別刑法』第3巻789ページから791ページまで)。このように,限定的にのみ導入されてきた「せん動」の罪を安直に持ち込もうとする法律案の概要は,常軌を逸しているといわざるを得ない。
 共謀,独立教唆又は煽動を処罰対象とし,実行行為がまだ行われていない早期の段階を処罰範囲に取り込もうとする法律案の概要の意図するところは,国家が秘密にしたいと欲する事項,国民の目には触れさせたくないと欲する事項には,間接的に触れることでも刑罰により一切禁じ,国民の知る権利をいわば入り口の一歩手前でふさいでしまうことにあるといわざるを得ない。ここには,国民の知る権利,表現の自由,取材・報道の自由などに対する配慮は一片もない。

4 裁判を受ける権利との関係について
 法律案の概要に示される罰則に違反して起訴された場合,その裁判は憲法第82条第2項但し書きに該当するものとなる。国家秘密を漏えいし,違法に取得し,その共謀,教唆又は煽動行為を行ったとして起訴された場合,国家秘密が法廷で公開されれば,それはたちどころに秘密ではなくなる。他方,国家秘密が非公開のまま裁判が進行すれば,裁判の公開原則に違反し,裁判を受ける権利を侵害する。
 更に,国家秘密を秘匿したままの裁判では,被告人がどのような事実で処罰されるのか分からない状態で裁判を受けることとなり,実質的な防御権・弁護権を奪われるおそれがある。弁護人は,弁護活動のために国家秘密にできるだけ接近しようとするであろうが,関係者への事情聴取などの調査活動や資料の収集活動も,独立教唆に問われるおそれは否定できない。弁護活動は著しい制約を受けることになろう。
 このように,法律案の概要に示される罰則は,その違反行為についての裁判において裁判を受ける権利や弁護を受ける権利を侵害するおそれがある。

5 結論
 上述のとおり,法律案の概要には憲法上の権利を侵害する問題点が多々ある。
 しかも,法律案の概要の立法事実とされた,ボガチョンコフ事件,シェルコノゴフ事件,国防協会事件,イージスシステムに係る情報漏えい事件,内閣情報調査室職員による情報漏えい事件,中国潜水艦の動向に係る情報漏えい事案,尖閣沖漁船衝突事件に関する情報漏えい事案及び国際テロ対策に係るデータのインターネット上の掲出事案は,ボガチョンコフ事件を除いてほとんどが起訴猶予か執行猶予とされ,ボガチョンコフ事件ですら懲役10月にとどまっていて,これらの事件を根拠に法定刑の引き上げなどの刑罰強化が必要だとはいえない。そもそも新たな立法の必要性がないのである。
 したがって,当会は,法律案の概要全体に反対の意思を表明するものである。