栃木県弁護士会からのお知らせ

裁判員裁判の量刑に懸念を表明する会長声明

 平成25年2月26日、大阪高裁はアスペルガー障害の被告人が姉を殺害した殺人被告事件において、検察官の求刑(懲役16年)を上回る判決を言い渡した平成24年7月30日付大阪地裁判決(懲役20年)を破棄し(以下大阪地裁判決という。)、懲役14年の判決を言い渡した。原判決である大阪地裁判決は、「健全な社会常識という観点からは、被告人が社会復帰すれば、同様の犯行に及ぶ心配があるとし、アスペルガー障害に対応できる受け皿が用意されておらず、その見込みもない以上、できるだけ長期間刑務所に収容することが社会秩序に資する」としており、障害に対する理解を欠き、社会の障害に対する無理解や偏見を助長しかねない判決であった。大阪高裁が刑期を大幅に見直して軽減したことは当然のことで、妥当であった。
 裁判員裁判においては、次に説明するように、上記大阪地裁判決と同様,量刑判断に問題がある事例が増えていると思われる。このことは、裁判員裁判において、行為を非難できる場合にのみ刑罰を科すという責任主義の考え方や少年の人格の可塑性を重んずる保護主義の考え方を裁判員が理解した上で量刑判断に臨むことが、いかに困難であるかを物語っている。
 そもそも責任主義や保護主義は、市民社会を守るために欠くことができない刑事法の大原則であるが、裁判員が、短期間の審理のうちに事実認定を行いながら、同時に,これらの考え方まで十分に理解することは実際問題として著しく困難である。
 なぜなら,前記大阪地裁判決後である同年10月9日において、高松地裁は、老人施設に入所していた87歳の被告人が妄想性障害の影響により別の入所者を殺害したという事案につき、検察官と弁護人の間で限定責任能力の点において争いがなかったにもかかわらず、完全責任能力を前提として求刑懲役12年を超える懲役16年の判決を言い渡しているからである。
 少年被告人の裁判員裁判においては、責任主義や少年の可塑性の見地からすれば被告人が少年である点を刑事責任の重さに大きく影響しなければならないところ、裁判員裁判で少年被告人に死刑判決が言い渡された仙台地裁判決をはじめとして、その量刑に疑問が残る判決が複数言い渡されており,前記刑事法の大原則に基づかない判決が下されている。
 この様な判決は,集中審理を旨とする裁判員裁判において、上記のように事案の分かりやすさが量刑の軽重を大きく左右する傾向があるものと思料される。本来、精神障害者の事件や少年事件を裁くためには、職業裁判官が審理に当たる場合であっても、事件の特性から相応の知識と経験が必要であるが,裁判員に対し、短期間の審理期間の中で弁護人や裁判官の説明によって事件の特性や法の理念まで理解させようというのは、抑も制度として無理があると言わざるを得ない。
 結局の所裁判員の「健全な社会常識」を論拠として、誤解や偏見に基づく判断や感情的な厳罰化が行われることは、刑事裁判の大原則を歪めかねない危険性を内包していると言わざるを得ない。もちろん,本来の制度上,裁判員裁判における不当な判決は,控訴審において是正されるべきであるが,控訴審において量刑不当を理由として破棄する割合が著しく減少(量刑不当を理由とする破棄率が、裁判員裁判導入前が5.3パーセントだったのが、その後はわずかに0.8パーセントとなっている。)している現状に鑑みると、裁判員裁判の不当な量刑判断を十分に是正されなくなっているという点が危倶されるところである。
 上記の理由から、少なくとも、裁判員に死刑を含む量刑判断を委ねている現行裁判員法については、事実認定と量刑判断を分離し,裁判員には事実認定のみを判断させる制度に改めるよう,できるだけ早急に法改正がなされるべきである。
2013年4月24日    
栃木県弁護士会   
会 長 橋 本 賢 二 郎