栃木県弁護士会からのお知らせ

憲法第96条の発議要件緩和に反対する決議

決議の趣旨
 当会は、憲法第96条を改正して憲法改正の発議要件を緩和することに、強く反対する。

決議の理由
1 憲法第96条の目的とするもの
 日本国憲法第96条第1項は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」と定め、法律案等の可決要件に比べ厳格な要件を定めている。その理由は次のとおりである。
 すなわち、憲法は、国民の基本的人権を守るため、国家の権力行使に縛りをかける基本法であり、日本国憲法は国家の権力を縛る手段として権力分立を基本原理として統治機構を規定するものである(立憲主義)。
 ところが、その時々の支配層の便宜などのために安易に憲法が改正できるとすれば、国民の基本的人権の保障が形骸上されるおそれがある。
 そこで、日本国憲法は、時の政権によって容易にこの枠組みを変えることのできないように、憲法改正には厳格な手続を定め、国会で十分な議論を尽くした上で、大多数の支持によって改正が発議されることを確保するために、上記の規定が定められているのである。
 そして、このように憲法改正には法律制定よりも重い要件を課すのが(硬性憲法)、近代憲法の原則でもあり、わが国の憲法と同様に基本的人権の擁護を至上の価値とする憲法を定めている諸外国においても、同様に採用されている仕組みである。

2 憲法第96条を改正しようとする動き
 自由民主党(以下「自民党」という。)は、2012年4月27日、日本国憲法改正草案を発表し、第96条の改正規定を、衆参各議院の総議院の過半数によって発議するように変更しようとしている。日本維新の会も憲法改正を主張し、自民党と同様の提案をしているほか、みんなの党もこれに同調する動きを示している。
 憲法第96条を改正して憲法改正の発議要件を緩和しようとするのは、憲法改正をやりやすくして、その後、憲法第9条や人権規定、統治機構の制度を改変しようとの意図からなされているものと思われる。
 しかしながら、現在の自民党の議論を見ると、まずは改正手続の発議要件を緩和し、内容的な改正は後の国民的議論によるべきであるなどとして、最終的な狙いとする憲法第9条等の改正等を議論の士俵にあげないのは、主権者である国民を欺く不誠実な態度と言うべきである。
 先に述べたとおり、日本国憲法が厳格な憲法改正規定を定めているのは、国民の基本的人権の擁護を至上の価値として国家の権力行使に縛りをかけるためのものという立憲主義の原則からの帰結であるのであり、「手続が厳格で憲法を改正できないから、まず改正の要件を緩める」という主張は本末転倒と言うべきである。

3 諸外国の憲法との比較
 ところで、日本国憲法の改正規定は、諸外国の憲法と比較して、その要件が厳格すぎるという主張がなされるが、それは誤りである。
 すなわち、日本国憲法第96条と同様に議会の3分の2以上の議決と国民投票を要求している国としては、韓国、ルーマニア、アルバニア等があり、ベラルーシでは議会の3分の2以上の議決を2回必要としてさらに国民投票を必要としている。フィリピンでは議会の4分の3以上の議決と国民投票を必要としている。
 また、国民投票を要しない場合にも、再度の議決が要求されるものや、連邦制で支邦の同意が要求されるものなど、さまざまな憲法改正手続を定める憲法も存在する。イタリアでは同一構成の議会が一定期間を据え置いて再度の議決を行い、2度目の議決が3分の2の賛成に満たないときには国民投票が任意的に行われる。アメリカ合衆国では連邦議会の両院の3分の2以上の賛成の発議と全州の4分の3の州議会の賛成が必要とされている。
 このように、日本国憲法よりも改正要件が厳格な憲法を持つ諸外国の例は多数あり、日本国憲法の改正規定が諸外国の憲法に比べて厳格にすぎるなどということはないものである。

4 国民投票制度の不備
 自民党の主張では、まずは憲法改正の発議要件を緩和し、改正の要否は国民の議論に任せ、最終的に国民投票によって決すべきであるとする。
 しかしながら、2007年5月18日に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)には、重大な問題点が多数存在する。
 すなわち、国民投票においては最低投票率の規定はなく、国会による発議から国民投票までの期間を発議した日から60日以降180日以内としており、その間に十分な議論を行う期間が確保されているとは言えない。また、公務員と教育者の国民投票運動に一定の制限が加えられているなど、国民の間に十分な情報交換と意見交換ができる条件が整っていると言えるのか疑問であり、結局のところ、憲法改正に賛成する意見と反対する意見が国民に平等に情報提供されないままに、改正を是とする意見が所与のものとして多数を形成する恐れが大きい。そのため、憲法改正手続法を可決した参議院特別委員会は、これらの重大な問題点に関して18項目にわたる検討を求める附帯決議を行っているのである。
 このような国民投票制度の状況のまま憲法改正の発議がなされ、国民の間で十分慎重な議論もできないまま国民投票が行われれば、わが国の将来の進路を大きく誤らせる恐れがある。
 憲法改正手続法の問題点には全く手がつけられないまま、現在、国会の発議要件の緩和の提案だけがなされていることも、本末転倒と言わざるを得ない。

5 以上のとおり、現在の憲法改正の発議要件を緩和しようとの議論には、到底賛同できない。
 よって、上記のとおり決議する。

 2013年(平成25年)5月25日
 栃木県弁護士会総会