栃木県弁護士会からのお知らせ

岡口基一裁判官を不罷免とする裁判を求める会長声明

 裁判官訴追委員会は、本年6月16日、岡口基一裁判官の罷免を求めて裁判官弾劾裁判所に訴追した。訴追状によれば、13件の訴追事由が掲げられているが、いずれも職務と直接関係のないインターネット上での書き込み及び取材や記者会見での発言という表現行為である。
 憲法は、裁判官の独立(76条3項)を実効性あるものとするために、裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(78条)と定めて裁判官の身分を保障しており、これを受けて、裁判官の弾劾は、国会の各議院においてその議員の中から選挙された同数の裁判員で組織する弾劾裁判所がこれを行う(国会法125条1項)、弾劾により裁判官を罷免できるのは、職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき(裁判官弾劾法2条1号)、その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき(同法2条2号)に限るとされている。そして、弾劾裁判所が訴追された裁判官を罷免する裁判をした場合には、当該裁判官は裁判官としての職を失うとともに(同法37条)、他の法曹資格も失うことになる(弁護士法7条2号、検察庁法20条2号)。
 岡口基一裁判官に対する訴追事由は職務外の行為であるから、同裁判官を罷免するには、訴追状の訴追事由として掲げられている表現行為が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」に当たらなければならない。しかして、弾劾裁判による罷免は、憲法上保障されている裁判官の身分を失わせるとともに、弁護士や検察官としての法曹資格をも失わせるものであるから、裁判官を罷免するには、「裁判官としての威信を失うべき非行」の著しさについての該当性が厳格に判断される必要があるといわなければならない。それ故、過去の裁判官罷免事例は、児童買春、ストーカー行為、女性のスカート内の盗撮といった破廉恥な行為や、職権乱用的行為、収賄的行為、政治的謀略への関与といったように明らかに裁判の公正や裁判官としての威信を強く疑わせる行為が対象となったものであった。
 これに対し本件訴追事由は、従前の罷免案件とは異なり、職務とは直接関係のない私的な表現行為である。そうとすれば、岡口基一裁判官のなした表現行為が罷免事由としての「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するかについては、表現の自由(憲法21条)の保障の観点からも、更に慎重に審理され判断されなければならない。
 訴追事由とされた表現行為のうちの一部には不適切な表現と評価される面がないではないが、その表現行為は、罷免事由としての「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当るとすることは余りにも行為と結果との均衡を失するものというべきであり、裁判官の身分を失うのみならず法曹資格をも失わせるに値するほどの「著しく失うべき非行」には到底当たらないと言わざるを得ない。本件訴追事由により岡口基一裁判官が弾劾罷免されるということになれば、裁判官の一市民としての表現行為を過度に委縮させるおそれが大きく、ひいては裁判官の独立にも大きな影響を与え兼ねないというべきである。
 よって、当会は、弾劾裁判所に対し、本件訴追については、慎重に審理したうえ、岡口基一裁判官を罷免しない裁判をなすよう求める次第である。

 2021(令和3)年9月30日

栃木県弁護士会 
会長 横堀太郎