栃木県弁護士会からのお知らせ

生活保護法63条に基づく返還義務について非免責債権とすることに反対する意見書

2018年(平成30年)4月26日
栃木県弁護士会


第1 意見の趣旨
 政府が国会に提出している「生活困窮者の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案」(以下「本法律案」という)のうち,次の改正部分は本法律案から削除すべきである。
1 生活保護法63条に基づく返還請求権について「国税徴収の例により徴収することができる」として新設する生活保護法77条の2第2項
2 同返還債権の徴収方法について,生活保護費からの天引きを認める生活保護法78条の2


第2 意見の理由
1 生活保護法63条は,「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と定める。
 政府が第196回通常国会に提出している「生活困窮者の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案」では,生活保護法77条の2が新設され,生活保護法63条に基づく返還請求権については「国税徴収の例により徴収することができる」とされている(本法律案による新設後の生活保護法77条の2第2項)。「国税徴収の例により徴収することができる」ということは,破産法上,当然に非免責債権(破産法253条1項1号)となり免責決定の確定によっても支払義務を免れないことを意味する。そのうえ,この徴収方法については,天引きが認められる(本法律案による生活保護法78条の2)。
2 しかし,そもそも,破産・免責制度の究極的な目的は,「債務者について経済生活の再生の機会の確保を図る」ことにある(破産法1条)。この目的を達するため,免責制度については例外的な非免責債権を除き広範に責任を免れるものとし(破産法253条1項),例外である免責不許可事由も限定列挙として免責不許可事由がない限り免責を許可しなければならず(破産法253条1項),さらに裁量免責の制度を設け(同条2項),債務者の経済生活の再生に遺漏なきようにしている。これは,多額の負債を抱えたままにすることが,本人の経済生活の再生を妨げ,人権問題を生じかねないばかりか,社会の安定にも悪影響があるという考え方に基づくものである。また,破産・免責制度は債権者間の公平を強く要請しており,一部債権者が不当に有利な取扱いを受けてはならないことが求められている。
生活保護法63条に基づく返還請求権は民法703条の不当利得返還請求権の要素を持つとされているが,この見地からみると,本法律案は不当利得返還請求権のうち生活保護法63条に基づくものだけを非免責債権とすることを認めるものであり,債務者の経済生活の再生という破産法の理念に反する。また,不当利得返還請求権のうちの一部のみを有利に取り扱うもので,破産法における債権者平等を損なうばかりか,法体系上著しく均衡を欠く。さらに,生活保護法63条に基づく返還請求には,たとえば福祉事務所の計算ミスにより多く支給してしまった場合の返還請求なども含まれ,このようなものまで非免責債権とすることは不当である。
3 また,現行の行政解釈でも,原則として全額を返還すべきであるとしつつ,「当該世帯の自立更生を著しく阻害すると認められるような場合」に例外を認め,必要経費を必要な最小限度で控除できるとするなどとなっているのに(生活保護手帳別冊問答集問13−5),実務の現状では保護の実施機関が安易に全額の返還を決定する例が多い。かかる返還請求を違法とする裁判例も多数存在する(大阪高裁平成25年12月13日判決(裁判所ウェブサイト),福岡地裁平成26年2月28日判決(賃金と社会保障1615号,1616号95頁),福岡地裁平成26年3月11日判決(賃金と社会保障1615号,1616号112頁),東京地裁平成29年2月1日判決(裁判所ウェブサイト))。
4 上記のとおり,生活保護法63条を非免責債権とすることは,法体系上著しく均衡を欠く。上記例外や控除が十分に斟酌されておらず適正に運用されているとは言い難い実務の現状に加え,破産法上の免責により責任を免れることもできず,その徴収方法につき天引きを認めることとなれば,債務者が経済生活の再生の機会を得られなくなるおそれが高く,生活保護利用者の最低限度の生活保障と自立の助長(生活保護法1条)を妨げ,ひいては健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(憲法25条1項)を侵害することになるおそれすらある。
 よって,本法律案から,新設される生活保護法77条の2,及び同78条の2の改正部分は削除されるべきである。

以上